1990年8月撮影                    2005年6月撮影        

加賀大観音、ユートピア観音、加賀子育て観音などと呼ばれるが、正式には、慈母観世音菩薩



                           御身丈は、73メートル
                           開眼は、 昭和63年4月2日 (1988年)
                           建立者  嶋中利男 さん
                                            








加賀大観音は、レジャヤーランド「ユートピア加賀の郷」の一施設として作られた。

「観音温泉ホテル」という名称からも分かるとおり、明らかに観音様を中心にした
「ユートピア加賀の郷」ではあるが、遊園地と観音様はマッチングしなかったようだ。
(建立者の嶋中利男さんは、当時、関西土地建物の社長であった)




     しかし建立者は、次のように記している。

              この地(*)は去んぬる養老元年(717年)元正天皇の
          御代 武蔵国箕輪より 六十六部僧 観音像俸持してこの地に
          回国したるの由来に因り 代々観音堂奉祀伝承の地なり
           発願主ここに地元衆望に応え 観音霊場再興の宿願を果たすと
          共に 白山権現の大峯を見はるかし霊湯沸々たる勝地に拠つて
          徒に観音福祉の増進を求めるにあらずして 眷族和合 先祖供養
          の為 濁世の今正法の興隆を念じ十玄の花鮮やかに開き 円融の理
          流通して 加賀の郷に薫り 信徒雲集して補陀落の盛儀を見ん
          冀くは 慈母観世音菩薩放光して末法を照し 正法益々弘道し
          て三会の暁にいたらむ 


                       (*)石川県加賀市作見町観音寺
                       眷族   = けんぞく 一族、親族 
                       正法   = 教えに従った正しい道
                       十玄の花 = 真理の世界を10方面から説いた様子
                       円融   = 互いに融和している円満な世界
                       補陀落  = ふだらく 観世音菩薩がいらっしゃる山
                       末法   = 仏教が終わってしまう世界
                       弘道   = 道を広める
                       三会   = さんえ 仏の大説法

     仏教用語が多用され、なかなかむずかしいが、中途半端な考えで建立したのではないことがわかる。








 

併設された、「嶋中近代美術館・博物館」を宴会場に改修し、大浴場を新設するなど、経営努力を試みたが、衰退の一途をたどった。












観音様をはじめ、本堂、三十三間堂、瑠璃光殿、梵鐘仏堂などを引き取ったのは、三論宗別格本山豊星寺(宗教法人)。
しかし、社務所以外の施設は非常灯さえも点灯されていない。電力の供給をストップされたのか、それとも、
設備のトラブルのためなのか、知る術はないが、経済的に逼迫しているのは間違いないようである。









  

ユートピア加賀の郷の誤算は「雷」。 観音様は年10数回の落雷を受けていたという。
そのために避雷針の接地抵抗が増したのか、観音様に直接落雷することがあり、
電気系統に大きな損傷を受け、外部から観音様にケーブルを引いたりしたが、
更なる落雷で損傷し、現在(2005年6月)、胎内は公開されていない。
    (観音様にケーブルが引かれている ↑)










1990年に写した観音様の胎内(当時は撮影可だった)




        

子育て観音と呼ばれるのは、赤子を抱く様子がほかの観音様と異なるからだろうか?
赤子の足を手に乗せるるようにして抱くのは加賀地方の習慣なのだろうか?
















三十三間堂東側には、1189体の千手観音が並び、
西側には、釈迦八相、仏教伝播の情景が表されている。
(当時は撮影可だった)







所在・・石川県加賀市作見町観音山


TOPページに戻ります

















.