福井大仏(福井大仏観音)



                        御身丈  7メートル
                        開 眼  昭和33年3月 (1958年)
                        建立者  福井大仏奉賛会の皆さん









福井大空襲と福井大地震の犠牲者を慰霊するために建立された、と言われているが、
西山光照寺の境内にある碑文を見るかぎり、このような趣旨を示す記述はない。






 

最初の大仏様は、元禄4年(1691年)に作られているから、戦争等の犠牲者説には疑問がある。
この大仏様は、大空襲と大震災で壊滅状態となった石の大仏様を昭和33年に再建したものである。
この大空襲と大震災が、犠牲者を慰霊するために建立された、という説の基となっているようだ。








境内の案内にあるように、最初の大仏様は、元禄4年(1691年)に石で建立されている。






角度を変えてみると、表情が変わる。








「大仏観音」という名称は何であろう。
「大仏」と「観音」では悟りの度合いが異なる、
「大仏」と「観音」を重ねたからといって、
ありがたさや御利益が増すわけではない。






それは、1560年頃、朝倉家の城下町一乗谷に弘法大師作と言い
伝えられる聖観音像を胎内に蔵めた大仏様が建立された事に始まる。

その後、この大仏様は、朝倉家滅亡の際に兵火で焼失したが、観音様
は事なきをえ、現在の地へ光照寺とともに移転し大仏様も再建された。
それが、元禄4年(1691年)である。










その後、安政元年の大火で焼失・・・再建立
その後、明治35年の大火で焼失・・・再建立
その後、福井大空襲と福井大地震で崩壊・・・昭和33年に再建立

この度重なる災禍に、胎内の観音様はその都度難を免れられて来たので、台座に
安置して、諸霊冥福と家郷安泰を祈念したことから、大仏観音と呼ばれている。




所在・・・福井市内


TOPページに戻ります

















.