会津慈母大観音


               御身丈、57メートル。 建立者57歳時の悲願による御身丈から。
               開眼は、昭和62年8月28日。  建立者 芳賀f之助 さん(故人) 
                         8月28日は建立者の誕生日。
               
               総工費は10億円。売名や金儲けで投資できる金額ではない、
               熱き信仰心がなければできないことである。







お寺はない。株式会社組織の「やすらぎの郷 会津村」の園内に立っている。
採燈大護摩供が行われているから、天台宗の傘下にあるものと思われる。







「やすらぎの郷 会津村」の正面入り口の「大手門」は、京都の二条城を模した城郭門となっている。







観音様の胎内には、螺旋状の階段で肩付近まで上ることができる。







若々しい観音様のお顔は、57歳という建立者の心が表れているように思う。
抱かれているのは男の子。 おそらく、建立者なのであろう。







「やすらぎの郷」には、もうひとつ、大きなお釈迦様がいらっしゃる。
いわゆる「涅槃像(ねはんぞう)」だが、ここでは、「釈迦横臥像」としている。

このお釈迦様は、筑波科学万国博覧会に展示されたもの。
スリランカ国より日本での永遠の地として会津村が選ばれた。









念願の宗教法人化

              2010年9月1日、法國寺の別院となった

                        


         大弘山光明院法國寺は横浜の寺ではあるが、
         法國寺第25世池田真理雄さんが、昭和60年(1985年)から平成17年(2005年)まで
         喜多方市の浄土宗阿弥陀寺第40世を務めていて、地元との交流が深いこともあり、
         2010年9月1日、ツルカメ建設株式会社(佐野進武代表取締役)所有の「会津村」の土地・建物及び経営権を譲り受けた。








2011年3月11日の巨大地震・・・・観音様は無事であった。




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